【水江未来の旅 #01】アニメーションにおけるノンナラティブな表現とは?

アニメーションにおけるノンナラティブな表現とは?

 
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ゲスト、パーソナリティ

Guest, Personality

ゲスト:水江未来
アニメーション作家
1981年福岡県生まれ。「細胞」や「幾何学図形」をモチーフに、ノンナラティブな表現を生み出す、アニメーション作家。見る者の目を奪う独特な抽象アニメーションで知られ、インディペンデント・アニメーションやMVなどを幅広く手がける。
世界4大アニメーション映画祭(アヌシー・オタワ・広島・ザグレブ)すべてにノミネート経験があり、代表作『MODERN No.2』は、ベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、アヌシー国際アニメーション映画祭で音楽賞を受賞。
『WONDER』は、ベルリン国際映画祭でワールドプレミア上映され、アヌシー国際アニメーション映画祭でCANAL+Creative Aid賞を受賞した。現在は初の長編アニメーション『水江西遊記(仮)』の製作の準備に入っている。
Guest: Mirai Mizue
Animation Artist
Born in Fukuoka, Japan in 1981, this animation artist creates non-narrative expressions using motifs such as "cells" and "geometric shapes". He is known for their unique and captivating abstract animations and have worked on a wide range of projects including independent animation and music videos.
He has been nominated for all four major animation film festivals in the world (Annecy, Ottawa, Hiroshima, and Zagreb), and their masterpiece "MODERN No.2" premiered at the Venice International Film Festival and won the music award at the Annecy International Animation Film Festival.
"WONDER" premiered at the Berlin International Film Festival and won the CANAL+Creative Aid Award at the Annecy International Animation Film Festival. They are currently preparing to produce their first feature-length animation, "Mizue Saiyuki" (tentative title).
 
パーソナリティ:迫田祐樹
通信会社、総合広告代理店を経て、アニメ企画&制作会社を起業し、MV〜映画の映像プロデュース。2021年に京都に移住し京都のエンタメ産業の盛り上げにも着手。直近ではマンガやオーディオのエンタメ領域にも従事。オーディオドラマ、webtoonの企画&制作中。加えて複数のエンタメ会社のプロデューサーやアドバイザーをつとめる。
Personality: Yuuki Sakoda
After working for a telecommunications company and a comprehensive advertising agency, he started an anime planning and production company and produces music videos and films. In 2021, he moved to Kyoto and started working on promoting the entertainment industry in Kyoto. He is currently also working in the entertainment field of manga and audio. He is planning and producing audio dramas and webtoons. In addition, he serves as a producer and advisor for multiple entertainment companies.

全体の目次


#01
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・アニメーションにおけるノンナラティブな表現とは? ・映画祭で自身の作品がノンナラティブ部門で上映されていた ・「物語」がない作品ではなくて「物語」を作品の柱に置いていない作品という解釈 ・ジャンルとか気にせず好きなものを作り続けている ・転ぶと痛いし柔らかいものは心地いい ・ジュラシックパーク、ターミネーターからのリュミエール兄弟 ・映画は物語だけじゃなくて瞬間の体験もある ・映画の中に散りばめられてる忘れられない体験が好き ・ある夏の日、ビニールプールでコンビナートを模して監督した怪獣映画ごっこ遊び ・ジェダイの帰還を劇場で観た記憶 ・映画が大好きな両親の元で ・高校三年生でファントムメナスを観るために劇場に並ぶ ・劇場空間というアナログへの憧憬・T-1000を見た衝撃 ・異質なものや奇妙なものが見たい ・ETERNITYのインタビューより ・短い尺の中で実験的に奇妙なものを作る ・20分寝させないものをノンナラティブで作るためのライド型 ・映画が終わったときに映画館にいたことを気付かされるということ ・ETを見た後の自転車爆走の夜
#02
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・平面の大画面で主観映像を観るとVRになる ・「スパイダーバース」における映像の快楽性 ・ノンバーバルの価値とは ・言葉で伝え合うときの曖昧性 ・ドイツで「WONDER」を見てくれた女性からの言葉 ・ノンバーバルは見た人に自発的に何かを考えさせる効力があるのかも ・アンケートが苦手 ・「フラグルロック」の話 ・「水江西遊記(仮)」について ・いま、西遊記をやるということ ・人間がどう生きていくのか、世界をどう認識するのか
#03
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・「License of Love」について ・たくさんのキャラクターを出すこと ・生きること、死ぬことの拡大がテーマ ・子供のときに読んだ学研の科学より ・Twoth(トゥース)さんの曲について ・イントゥーアニメーション8の曲も作ってくれている ・イントゥーアニメーション8のプラグラムについて ・アニメーションがより面白い時代になってきている ・アニメが横断し始めて、混沌としているが刺激的である
 

#01が始まります


アニメーションにおけるノンナラティブな表現とは?

What is non-narrative expression in animation?

水江さんは、僕が一方的に昔から観測させてもらっているアニメーション作家で、とても光り輝いて目立っている方でして、どこかでお話してみたいと思っていたんですが、今日ここでそれが叶ったことに感謝しています。では、まず水江さんからいただいたプロフィールを読み上げながら、気になったところを少しずつ聞いていければと思います。
水江未来さんは、1981年に福岡県生まれのアニメーション作家で、細胞や幾何学模様をモチーフに、ノンナラティブな表現を生み出しています。見る者の目を奪う独特な抽象アニメーションで知られ、インディペンデントアニメーションやMVなどを幅広く手がけられてます。そしてここで、早速、僕の解釈的に結構気になったことがありまして、水江さんの作品を見る中で、細胞や幾何学模様がモチーフになっていることは理解できますが、このノンナラティヴな表現という言葉が頻繁に使われてますが、このノンナラティブという言葉の解釈を水江さんにお聞きしたいと思っていました。
というのも、僕も映像プロデュースするにあたって、リニアとナラティブという言葉を最近使うことが多く、製作者側が一つの答えを提示して、展開も含めた答えを提示して、お客さんに見てもらうリニア型と、選択肢を用意して、見る側がその選択肢に対して自分が選んで一緒に物語を紡いでいくナラティブという大まかな解釈で捉えているのですが、このナラティブというのは、ゲームではよく語られているように、選択肢があるゲームなどで様々なマルチエンディングがあるという形で使われることも多いです。ここで使われているナラティブやノンナラティブという言葉は、アニメーションの界隈や映画祭のカテゴリーの界隈では、別の使われ方をされていると思うのですが、水江さんの見解や解釈を含めて、このあたりをお聞きしたいと思っています。
Mirai Mizue is an animation artist born in Fukuoka Prefecture in 1981, who creates non-narrative expressions using motifs such as cells and geometric patterns. He is known for his unique abstract animations that captivate viewers' eyes and has worked on a wide range of projects such as independent animation and music videos. I am grateful to have the opportunity to speak with such a prominent and shining figure, whom I have been unilaterally observing since a long time ago. First, I would like to read aloud the profile provided by Mizue-san, and then gradually ask about the parts that caught my attention.
While I understand that cells and geometric patterns are the motifs in your work, I have been curious about the frequent use of the term "non-narrative expression." As a video producer, I have been using the terms "linear" and "narrative" a lot lately. Linear is where the creator presents a single answer, including the development, and the narrative is where the viewer is presented with choices and together we weave the story based on the chosen option. However, in games and other media, narrative is often used to refer to various multiple endings that exist due to the presented choices. I believe that the terms "narrative" and "non-narrative" may have different meanings in the animation industry and film festival categories. Therefore, I would like to hear your interpretation and thoughts on these terms, Mizue-san.

そうですね。「ノンナラティブ」という言葉は聞きなれない言葉だと思うんですよね。僕の作品はアニメーションを制作している中で、抽象アニメーション(アブストラクトアニメーション)、実験アニメーション(エクスペリメンタルアニメーション)など、などと呼ばれることがあります。実際にエクスペリメンタルな作品やアブストラクトな作品はたくさんありますが、映画祭に行った時に「ノンナラティヴ部門」というカテゴリーがあり、私の作品もそこで上映されてまして、そこで初めて「ノンナラティブ」という言葉に触れましたね。日本語に直訳すると「非物語」という意味だとおもいまして、上映されている作品を見ると、ノンナラティブと言っても、実験的なものやグラフィックの展開をしたもの、物語性を感じるものなど、いろいろな作品がありました。物語が全くないわけではなく、物語を主軸に置いていないだけであるという解釈をしています。
物語とは、人物が出てきてドラマが展開するものだと思いますが、必ずしもそうではない物語の感じ方は様々ありますよね。ノンナラティブにはそれらが含まれていると思います。違う角度での物語作品とも言えるのかなと思います。説明したことで、より複雑になった感じはありますが(笑)
Well, I think the term "non-narrative" is a word that people may not be familiar with. In my work of producing animation, it is sometimes called abstract animation or experimental animation. While there are many experimental and abstract works, when I went to a film festival, there was a category called "non-narrative section" where my work was also screened. It was there that I first came across the term "non-narrative". It means "no story" when translated literally into Japanese, but when I watched the works being screened, there were various works such as experimental ones, ones with graphic developments, and ones that had a sense of a story. I interpret it as not having the story as the main focus, rather than having no story at all.
I think a story is something where characters appear and drama unfolds, but there are various ways to feel the story. I believe non-narrative contains those. It could also be said to be a story work from a different angle. Although it may have become more complicated by explaining it (laughs).
 
はい、あのでもやっぱり水江さんの解釈を一旦言葉にしていただいたのが結構良かった、面白かったなと思ってて。それで、その中でちょっと気づいたのは、水江さんは映画祭に自身の作品を出展出品されて、映画祭側がカテゴライズしたものがノンナラティブというところのカテゴリーで、それを見て水江さんは「あ、僕の作品はノンナラティブっていうジャンルなんだ」っていうのに気づかれたっていうことですよね。
Yes, I thought it was quite good and interesting that Mizue's interpretation was put into words. One thing I noticed was that Mizue exhibited his own work at a film festival, and the festival categorized it as "non-narrative" genre. He realized that his work belonged to this genre by seeing the categorization, didn't he?
 
そう、そうですね。確かそうだったと思います。応募するまではあまり自覚してなかったかもしれないですね。
Yes, that's right. I think it was like that. I may not have been aware of it until I applied.

なんかこうカテゴリーとか部門とかそういったある線を引く行為は、ある種のその世の中に規定された価値観を表出させて、それに当てはめる行為の一つでもあるじゃないですか。っていう中で、なんかこう自身が発したものがどうカテゴライズされるのか、っていうのを自分でカテゴライズするよりも、何かしらの権威だったり、何かしらの視点がそうやってカテゴライズしたものがあって、それkらナラティブやノンナラティブっていう観点を知っていったということが水江さんにあったんだということが結構新鮮でした。なんか最初からもうノンナラティブジャンルでやっていきます!っていうアカデミカルな考えでやられてたような雰囲気があったので。
Somehow, drawing lines to define categories or departments is one way of expressing the values defined in society and categorizing things according to those values. In that sense, rather than categorizing something one has expressed oneself, it is quite refreshing to know that there are authorities or perspectives that have categorized things in a certain way, such as through the perspectives of narrative or non-narrative. It seems that Mizue had this experience, and it was quite fresh. There was a kind of academic atmosphere where it seemed like they were already doing it in the non-narrative genre from the beginning!
 
はい、そうですね。だから、自分が最初にアニメーションやり出したときもなんか微生物がウニャウニャ動くようなアニメーションを作ってたんですが、自分ではこれが実験的な作品だとか、抽象的な作品だとは思ってなかったんですね。ただ、これ面白い、これ動いて面白いから作ってたってだけだったので、だから出来上がった作品、最初に作った作品が「抽象アニメーションだね」っていうふうに言われた時に、「何それ?」みたいな感じがあったんですよ。
なので後から自分が作ってるのって、過去には実験系の作家がいて作れられていたんだって、後からどんどん知ってたって感じですね。作っていく中で、だんだんこういう作品になってたんじゃなくて、最初からこういう作風でやってたっていうのがあるので。全然自分ではどういう立ち位置だとか全然わかってないっていう感じでした。
Yes, that's right. So, when I first started doing animation, I was making animations of microorganisms moving around or something like that. I didn't think of it as an experimental or abstract work at the time. I was just making it because I thought it was interesting and fun to watch. So, when someone said, "This is abstract animation," about the finished product, the first one I made, I was like, "What's that?"
So, as I continued to work, I gradually learned that there were experimental artists who had been doing this in the past. It wasn't that my work was becoming this type of work, but rather that I had been doing it in this style from the beginning. I had no idea what my position was at all.

なんかそうですよね。世の中でこういうジャンルが表出してるから、そこに自分を合わせに行こうっていうことではなくて、もう全然それを意識せずに自分が作りたくて気持ち良いものを作ってて。それがまあ後付けでノンナラティブという形で表現なんだよ、抽象なんだよ、エクスペリメンタルなんだよ、っていうのを言われたっていうところなんですね。
それで面白いなと思ったのが、あの、僕、水江さんの作品見させてもらう中でこの表現こそ、そのカテゴリーで言うところの抽象的とか、その実験的って言われるのかもしれないけど、なんかめちゃくちゃ物語してるなあって思うわけなんですよ。で、プラス何ていうかな?僕の解釈でちょっと恐縮なんですけど、なんか宮崎駿さんがやりたかったこととか、こういうことなんじゃないかなとか思ったりしたわけなんですよ。
It feels like that, doesn't it? Instead of trying to fit into a certain genre that exists in the world, I want to create things that I enjoy making without even thinking about fitting in. That's why I ended up expressing it in a non-narrative, abstract, experimental form.
What I found interesting was that, while watching Ms. Mizue's work, I thought that this expression might be what is called abstract or experimental in that category, but it actually tells a story. And what's more? Although I'm a little hesitant to interpret it, I thought that it might be what Mr. Miyazaki wanted to do or something like that.
 
あの、ちょっと恐れ多いことが(笑)
Um, this is a little bit embarrassing (laughs).

あの、一つの目線なんですけど(笑)。というのもなんて言うのかな、物語ってもちろん、現代人はやっぱりテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼみたいなフォーマット化された物語が親しみやすいんだと思うんですけど、なんか物語って僕は結構多面的であり、他視点的であり、マルチバースだなとか思うわけですし、見る人によって物語をどこに感じるかっていうのは多面的であるなと思うんですよね。
それで、なんていうかプリミティブなところで、転んだら痛いとか、硬い場所に転んだら痛いとか、やわらかいもの触ったら心地いいとか、そんな感じがやっぱりアニメーションで描くっていうのを宮崎さんはやられてたのかなとか思ってるんですよ。柔らかいものをすごく柔らかく表現する、硬いもので転ぶと怪我をする、高い場所から落ちると怪我をするみたいなこと。それでで、やっぱ水江さんのアニメーション見てると、そのものすごく柔らかそうに見えたりとか、ものすごく硬そうに見えたりとかするなというのはすごく感じていて。なんかそのあたりがとっても僕は勝手に物語を感じたんですよね。なので水江さんは物語好きな方なのかなと勝手に思ってはおりました、という感じなんですけどそのあたりはどうでしょうか?
Um, it's just one perspective (laughs). I mean, of course, stories, modern people tend to be familiar with stories that are formatted into thesis-antithesis-synthesis, but I think stories are quite multi-faceted, from different perspectives, and like a multiverse. I think the feeling of where the story is felt by the viewer is multi-faceted.
So, in a primitive sense, when you fall, it hurts, when you fall on a hard surface, it hurts, when you touch something soft, it feels good, and I think Miyazaki-san portrayed that through animation. Expressing soft things very softly, injuring yourself when you fall on a hard surface, getting injured when falling from a high place, etc. And, when I watch Mizue-san's animation, I can really feel that things seem very soft or very hard. I personally felt a story from that aspect. So, I think Mizue-san is someone who loves stories, but what do you think about that?
 

ジュラシックパーク、ターミネーターからのリュミエール兄弟

Jurassic Park, the Lumière Brothers, Terminator.
 
物語はそうですね、大好きですね。映画見るのも大好きなので、あの、そうですね、もともと僕すごくSFの映画だったりとか、ファンタジー映画とか、そういうのがすごく好きで見ていて、アニメーション自体はそんなに見てはいなかったんです。SF映画とか好きで見てましたね。例えば『ジュラシックパーク』とかも映画館で見ましたし、『ターミネーター2』とかも映画館でなんか小学校低学年ぐらいのころなんですよね。自分の意思で見に行ってるんじゃなくて、父親が連れてってくれてたんですよ。
『ターミネーター2』なんかはもう衝撃で。あのいつまでもしつこくT-1000が追いかけてくるのとか、のけぞるような思いで見ていて。『ジュラシックパーク』のティラノサウルスがジープを追いかけてくるところとかは、もうのけぞる感じになるんですよね。だから、それって後から自分が映画を勉強したりとかするようになって、映画のフィルムを発明したルミエール兄弟が、列車が汽車が駅に到着するってあれを見た当時の観客たちが列車がこっちにぶつかってくるってビックリして、なんか逃げ出したみたいな、なんかあの話があるじゃないですか?あれは自分も経験してんじゃん!『ジュラシックパーク』を映画館で見た時もう仰け反ったから(笑)。
だからこの映画っていうのは常にこう映像のなんて言うのかな?驚きを提供してくれるものっていうか。それって物語だけではないってことですよね、映画って。その瞬間、瞬間のシーンが忘れられない体験になるっていうのがあって。なので、なんか僕は結構もしかしたら物語も好きなんですけど、映画の中にあるそういう忘れられない(?)体験みたいなものをちりばめられてる。そういったものをすごく好きで、なんか自分の作品にそういうものを入れ込めたらっていうのがあって。なんかこういうスタイルで作ってるのかなっていうのはありますね。
I really love stories. I also love watching movies. Originally, I really liked SF movies and fantasy movies. I didn't watch much animation. I liked SF movies and I watched movies like "Jurassic Park" and "Terminator 2" in the movie theater when I was in elementary school. I didn't go to see them by myself, my father took me.
"Terminator 2" was really shocking. I was watching it with a feeling of being pushed back by the persistent pursuit of the T-1000. When the Tyrannosaurus in "Jurassic Park" chased the Jeep, it was a breathtaking experience. Later, I studied film and learned about the Lumiere brothers who invented the film. There is a story about the audience who saw the train arriving at the station and were surprised that the train was coming towards them, and they ran away. I had the same experience when I saw "Jurassic Park" in the movie theater and I was stunned.
So, this movie always provides surprises through its visuals. It's not just about the story, it's about the moments that become unforgettable experiences. That's what movies are about. That's why I like not only the story, but also the unforgettable experiences that are embedded in movies. I want to incorporate those things into my own work. I think I'm making my works in this style.
 
あー、その小学校低学年の時に連れていってもらった映画館での忘れられない体験や瞬間、それが原体験として水江さんに刻み込まれていると思うんですが、今も作るものにこの瞬間や刹那からもらった要素があったりするんですか?
Oh, I think that unforgettable experience or moment that I had at the movie theater I was taken to when I was in the lower grades of elementary school is ingrained in Mizue-san as the original experience. Do you still incorporate elements from that moment or instant into what you create now?
 
あ、そうですね。なんか自分が作ってるもののアイディアの大本になってるものってなんだろうって思い返してみると、大体幼少期から小学生、中学生くらいの間、まあ、ティーンエイジャーの頃に見てきたものでなんかだいたい決まっちゃってるような感じがあるなぁっていうか。そのあと大学に入って見たものとかは、やっぱりちょっと後追い感がありますね。
Oh, I see. When I think about what forms the basis of the ideas for the things I'm creating, I realize that it's mostly things I saw when I was a child, in elementary and junior high school, during my teenage years. It feels like it's already decided based on what I saw back then. As for what I've seen since entering university, it feels like I'm following trends a little bit.

今お聞きしてた『ジュラシックパーク』や『ターミネーター』は実写じゃないですか?やっぱ見るのは圧倒的に実写が多かったですか? Were the movies you mentioned, "Jurassic Park" and "Terminator," not live-action films? Did you find that you mostly watched live-action films after all?
 
えっと実写は結構見てましたね。もちろん『ドラえもん』も見に行ってましたし、『ゴジラ』も見に行ってました。『ゴジラ』は実写ですけど。映画はよく連れてってもらってましたね。『となりのトトロ』も映画館で小学校一年生ぐらいの時に見ました。 Um, I used to watch a lot of live-action films. Of course, I went to see "Doraemon" and "Godzilla". "Godzilla" is a live-action film though. I was often taken to the movies. I saw "My Neighbor Totoro" when I was in first grade of elementary school at the movie theater.
 
ああ、早いな、そっか。映画館で見られたんですね、『となりのトトロ』。
Oh, that was quick. I see, you watched "My Neighbor Totoro" at the movie theater.
 
『となりのトトロ』を映画館で見て、トトロが終わったあと、『火垂るの墓』が流れて、トラウマになるあの事件を食らってるやつですね、幼少期に。その世代ですね。
I am one of those people who saw "My Neighbor Totoro" in the movie theater and then had to endure the trauma of "Grave of the Fireflies" playing right after. That happened during my childhood, so I belong to that generation.
 
えー、すごい。その体験、めっちゃ聴きたい。あの僕は普通に金曜ロードショーとかで初めて見た派なので、その映画館体験ってどうなったのかっていうのちょっと聞いてみたいんですけど。 Wow, that's amazing. I really want to hear about that experience. Personally, I first saw it on a regular Friday TV show, so I'm curious about what that movie theater experience was like. Could you tell me a little about it?
 
うん。 交互に上映しますからね、当時はね。
Okay. We will alternate the screening, you know, at that time.
 
でもなんかそれで言うと、やっぱその原体験としてあった映画館での体験が今に繋がっているというのはありつつも、やっぱりアニメばっかり見てるとかでは全然なくて、ある程度物語性がある、実写・アニメ含めて、ただ、その瞬間インパクトがあったり驚きがあるような作品が多いのかなあなんて、『ジュラシックパーク』や『ターミネーター』を見てたとお聞きすると思ったりはしました。その時に自分もこういう作ってる人たち側で、生きていくぞ、みたいななんとなく思い始めたような瞬間だったんですか?
However, to say that the experience of watching movies in a theater, which was the original experience, is still connected to the present, I don't think it's just about watching anime. I think there are many works, including live-action and anime, that have a certain level of storytelling and that have moments of impact or surprise. When I hear that people were watching "Jurassic Park" or "Terminator," I think it was one of those moments when I started to vaguely think that I wanted to be one of the people making those kinds of works and live like that. Was that the moment when you started to feel that way too?
 
どうですかね。まあ子供の時は、画家になりたいなとか、デザイナーになりたいなとか、そういうのを思ってましたけど、映画監督はどうかなぁ。でも、小学生の時に庭でビニールプールを出して弟だったりとか、友達とかがこう遊びに来てプール遊びをしてるんですけど、そこでまあ怪獣ごっこみたいなのが始まるわけですね。ウルトラマンと怪獣の戦いで、でもう片方がウルトラマンになって戦うみたいな。で、ビニールプールがあるから、だいたいコンビナートをイメージするんです、コンビナートでの戦いみたいな。で、海辺から怪獣がザバッて出てきてみたいな。その場で僕は監督みたいなことやるんですよ。こっから出てきて、こう戦って一回ウルトラマンピンチになって。まあ別にカメラ回してないんですけど、なんかそういう演出をやったりとかしていたので、そういったやっぱ映像を作ったりするってことはなんかこう興味あったんだと思うんですよね。
Well, when I was a child, I used to think about becoming a painter or a designer, but what about a film director? However, when I was in elementary school, I would take out a plastic pool in the garden and play with my younger brother and friends, and then we would start playing monster games. It was like a battle between Ultraman and monsters, where one person became Ultraman and fought the other. Since we had a plastic pool, we would imagine it was a complex like a chemical plant where the battle took place. The monsters would emerge from the seaside. At that moment, I would act like a director and come out to fight, and Ultraman would be in danger at some point. Although I wasn't actually filming, I was doing some kind of directing and creating scenes, so I think that's why I became interested in making videos.
 
自然とその友達が役者になって、ゴジラになって、それで水江さんが演出、監督側に回ってたってことですもんね。めっちゃ面白い原体験ですね。それって小学校の低学年とかですか?
So, naturally, you and your friends became actors, turned into Godzilla, and Mizue directed you all. That sounds like a really fun experience! Was this when you were in elementary school, like the lower grades?
 
小学校の、何歳ぐらいかな?でもまあ4、5年生ぐらいかもしれないですね、その頃は。
Elementary school, I wonder how old that is? Maybe around 4th or 5th grade. That's about the time.
 
だからやっぱ時系列的には映画館に連れて行ってもらっていて、さまざまな見たものの興奮をそのビニールプールとコンビナートで再現しようとされていたってことですよね?
So, basically, you were taken to a movie theater in chronological order, and they were trying to recreate the excitement of various things you had seen in that vinyl pool and complex, right?
 
そうですね。同じぐらいの時期だったと思いますね。その頃は『ゴジラ』の平成シリーズがやっていた頃だったので、えっとその『ゴジラvsキングギドラ』とか『ゴジラvsモスラ』とかなんかああいうのがやってた頃ですね。なので、毎年お正月になると『ゴジラ』を見に行くというで時代だったので、『ゴジラ』を見に行くと隣の映画館では「寅さん」がやっててとか、そういう感じでしたね。いつも『ゴジラ』見に行くと、「寅さん」のポスターが貼ってあるなみたいななんかそういう時代でしたね。だから『ゴジラ』を見ながらそういうハリウッドの『ジュラシックパーク』とか『ターミネーター』とか、そういったCGの表現が入ってきて、どんどん演出がすごいダイナミックになって、こうリアリティのあるものになっていってる狭間の時ですね。
Well, let's see. I think it was around the same time. It was during the Heisei series of "Godzilla," so it was around the time when "Godzilla vs. King Ghidorah" and "Godzilla vs. Mothra" were playing. At that time, it was a trend to go see "Godzilla" every New Year's, so while we were going to see "Godzilla," "Tora-san" was playing in the movie theater next door or something like that. It was a time when every time we went to see "Godzilla," there would be a "Tora-san" poster hanging up or something like that. So, while watching "Godzilla," Hollywood movies like "Jurassic Park" and "Terminator," which used CG effects, were coming out, and the production values were becoming more and more dynamic, creating a sort of gap between reality and fiction.

今のお話はこの昭和から平成初期の風景が描かれる、瑞々しい話ですね、本当に。まあ、でもその原体験があったからこそ、やっぱこのものづくりに今もこう関わり続けられてるっていうところが見えてきたので、面白い前半のお話をお聞きできたかなと思ってまして。
ここでちょっと後半に向かっていく上で一曲曲をこう挟んでければと思うんですけども。小学校時代を過ごされ、中学高校ともやっぱりこう映画館に通う日々みたいなことだったと思うんですけど、ご紹介いただく曲はその当時に見られてすごく印象的に残った作品だったり曲だったりするのかなと思うんですけども、何の曲をご紹介いただけますでしょうか?
The current story is a vivid depiction of the scenery from the Showa to early Heisei era. It's really interesting how the original experience led to continued involvement in this manufacturing industry. I enjoyed listening to the interesting first half of the story.
Now, I'd like to request to insert a song as we head towards the latter half. I believe during your elementary school days and even in middle and high school, you used to go to the movie theater often. Could you introduce a song that was particularly impressive from a movie or a piece of music you heard during that time?

はい。ええと『スターウォーズ/ジェダイの帰還』まあ、当時は「ジェダイの復讐」でしたけれども、「Ewok Celebration and Finale」という曲を、聞いて頂こうと思います。
Yes. Um, I would like to share with you the song "Ewok Celebration and Finale" from "Star Wars: Return of the Jedi," which was originally titled "Revenge of the Jedi" at the time.
 

ジェダイの帰還を劇場で観た記憶

Memory of Watching Return of the Jedi in the Theater

はい、お聞きいただきましたのは、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』より「Ewok Celebration and Finale」でございますが、水江さん、この曲にもいろいろな濃いエピソードがあるかと思うんですが。
Yes, what you heard is "Ewok Celebration and Finale" from "Star Wars: Return of the Jedi." But, Mizue, I think there are also many significant episodes in this song.
 
はい。えっとそうですね。この『ジェダイの帰還』は日本公開以前に『ジェダイの復讐』っていうタイトルだったんですけど、83年の映画で僕が81年生まれなので、まあ当時二歳なんですが、僕の両親が映画館に観に行ってるんですね。で、僕を抱えて見に行っていて、でもやっぱり映画館で泣いちゃうので、先に父親が見にシアターの中に入って、外で母親が僕を抱えて待っていて。で、父親が見終わって出てきたら僕を抱っこするの交代して、次の回を、母親が見に行くっていう。そういうふうにして見たんだっていうのを後々僕は親から聞いた んですけども、だから僕自身は上映しているそのシアターの中には入ってはいないんですけれども。まあ、おそらく僕が赤ちゃんの時に初めて行った映画館っていうのが『ジェダイの帰還』を親が見るためにまあ見に行ってたっていうのがあって。
でまあ まあ、今のエピソードがわかるように、すごく『スター・ウォーズ』好きだったんですね、うちの両親が。家にVHSがあったんですよ。ダビングしたものだったので、おそらくはレーザーディスクかなんかからダビングしたものっぽくて途中でチャプター表記が出るので、多分レーザーディスクなんですね。当時はそのえっと最初の時の日本語字幕で。「フォース」が「理力」っていうふうに理科の理に力って書いて「理力」だったりとか。「ライトセイバー」が「電光剣」って電気、光る、つるぎって書いて「電光剣」っていう字幕バージョンが家にあったんですね。で、僕は本当にずっと幼少期そのVHSを何度も何回も家で見ていたのでええ『スター・ウォーズ』がやっぱりもうすごく好きになったっていうのがまああって。
でもまあ公開してたのは、僕が生まれる前とか生まれて間もない頃だったので、そこから十、十何17年後とかそんぐらいですかね、『スター・ウォーズ』の新作がやりますってなって。『エピソードワン/ファントムメナス』ですね、はい。僕が当時えっと高校三年生だったんですけど、まさか『スター・ウォーズ』がまた見れるとは。で初めて映画館で見れるってやっぱすごい興奮だったんですよ。それで前日並んだんですよね。有楽町のマリオンの日劇で見ようって、日本で一番でかい映画館だといことで。美術予備校の友達と一緒に行ったんで、前日の夜10時ぐらいから並んだんですね。その時にもうすでに400人くらい並んでたんですよ、えっと確か2000人ぐらい入る劇場だったと思うんですけど。
でまあ一晩並んでえっとまあ、翌日の朝一の上映を見るっていう感じで、徹夜で並んでって感じで観た記憶があって。で、まあ何ですかね。やっぱりもうすごい興奮するんですよね。映画館でこう見てて、コスプレの人たちがすごくいっぱいいて、お祭り騒ぎで。で見ててだんだんなんか「ええなんかちょっと違くない?」となり、なんか思ってたのとって言うのもありつつ、でもやっぱり久しぶりに『スター・ウォーズ』見れるっていう興奮もあって、もう見たときはもう興奮してるんですよ。 で最後エンドロールの音楽入った時とかも興奮して帰って、その後、5回ぐらい見に行った、劇場に行くんですけども一人で。でまあ何ていうんですかね、その『スター・ウォーズ』のすごく面白いところは、あの最後のこのエンドロールに入る瞬間がやっぱりすごく好きで、特にその今、お聞きいただいた曲は要するにエピソード6で一番、まあ最後の作品というかね。帝国との戦いに決着がついて、でみんなでわーってこうお祝いをしている中でこうフィナーレに入っていくっていうところがすごくこう気持ちが上がるっていうのがあってね。大好きな曲なんですよね。
Yes. Well, you see, "Return of the Jedi" was originally titled "Revenge of the Jedi" before it was released in Japan. The movie was released in 1983 and since I was born in 1981, I was only two years old at the time. However, my parents went to see the movie in theaters carrying me with them. But since I cried in the theater, my father went in to watch the movie first while my mother waited outside holding me. When my father finished watching, we switched places and my mother went in to watch the next showing. I later heard from my parents that this is how I watched the movie, although I didn't actually go into the theater myself.
Anyway, my parents were huge "Star Wars" fans, as you can understand from the current episodes. We had a VHS tape at home that was probably copied from a laser disc or something because chapter markings appeared in the middle of the movie. The Japanese subtitles were from the first release, so "The Force" was written as "Riryoku" (a combination of "ri" meaning "science" and "ryoku" meaning "power"), and "lightsaber" was written as "Denkoken" (a combination of "denki" meaning "electricity" and "ken" meaning "sword"). I watched that VHS tape countless times during my childhood, so I became a huge "Star Wars" fan.
However, the movie was released before I was born or shortly after, so it was about 10 to 17 years later when a new "Star Wars" movie was announced. It was "Episode I: The Phantom Menace." I was a third-year high school student at the time and I couldn't believe that I would be able to watch "Star Wars" again. I went to see it at the Nippon Theater in Yurakucho, which is the largest movie theater in Japan. I went with my friends from art school and we lined up from around 10 p.m. the night before. About 400 people were already lining up at that time, and I think the theater could hold about 2,000 people.
We lined up all night and watched the first screening the next morning. It was really exciting to watch the movie in the theater with so many cosplayers and festive atmosphere. However, I started to feel like something was a little different from what I had expected. Nevertheless, I was still excited to be able to watch "Star Wars" after such a long time. When the end credits music started, I was still excited and I went to see the movie about five more times, alone in the theater.
The really interesting thing about "Star Wars" is that I love the moment when the end credits start to roll, especially in Episode VI, which is the last piece. It's when the battle against the Empire is over and everyone is celebrating and the finale starts. It's a really uplifting moment for me and I love that music.

なんというか、前半の方で、SFやファンタジーをよく見られるっていう話をされてたのに繋がるんですけど、結構そこが源泉なんだなって言うのがあって、どこかこの水江さんのフィルムワークスには、SF感っていうのが漂いますよね、モチーフというか。なんか、そういうところも、歓喜の瞬間、その最後のまあ、なんかこれ『ワンピース』にも同じようなことあると思うんですけど、最後に悪に勝ってみんなで乾杯!みたいな感じの見てくれた人達へのご褒美のターンあるじゃないですか。なんかあの辺の感動みたいなものの感覚とかもなんかこう感じるんですよね、水江さんの作品には。作られてる方で意識してるかどうかわかんないですけど、なんかそういうところが繋がってきたところにもあるなってふと思ったりはしたんですけど。
急に話が変わるようになっちゃうかもしれないですけど、水江さんは世界四大アニメーション映画祭、アヌシー・オタワ・広島・ザグレブに、すべてにノミネート経験があり、代表作の一つである『MODERN No 2』がベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映、そしてアヌシー国際アニメーション映画祭で音楽賞を受賞ということなんですが、やっぱり幼少期からもそうですし、今もうこの映画館とか映画祭っていう、フィジカルな場所での活躍っていうのがあるのですが、水江さんはデジタルで作品を作られているものの、かなりアナログへの憧憬が強いというか、そういったところもあるのかななんて勝手に思っちゃったんですけど、水江さんにとってのこのデジタルの今の状況と今のアナログ空間、映画館的なアナログ空間ってどういう感じで今映っているのかなとといろいろな意見とか聞いてみたかったりしまして。
I mean, in the first half, there was talk about how SF and fantasy are often seen, and there is a source there, right? In some way, in Mizue's film works, there is a sense of SF, like a motif. Somehow, in the moment of joy, that final moment, it's like there's a turn of reward for those who watched, like in "One Piece" where everyone cheers after defeating evil. There's a feeling of that kind of emotional impact in Mizue's works. I don't know if she's conscious of it as the creator, but I feel like it's connected to that.
This might be a sudden change of topic, but Mizue has been nominated for all four of the world's major animation film festivals - Annecy, Ottawa, Hiroshima, and Zagreb. One of her representative works, "MODERN No 2," premiered at the Venice International Film Festival and won the music award at the Annecy International Animation Film Festival. From childhood to now, she has been active in physical places like movie theaters and film festivals, even though she creates her works digitally. I thought that she has a strong admiration for analog things, but I wanted to hear various opinions about how Ms. Mizue feels about the current digital situation and the analog space of movie theaters.
 
そうですね。えっと技法に関しては、僕はなんかこうアナログ至上主義ではないですよね。CGも、例えば『ターミネーター2』でやっぱりすごく興奮したのはT-1000だと思うんですよね。あの液体金属の、あのT-1000の…
Well, as for techniques, I'm not really an analog enthusiast. Even with CG, I think the T-1000 in "Terminator 2" was really exciting. That liquid metal, that T-1000...
 
ああ、はいはい、あの表現がね。 Ah, yes, that expression.
 
そうなんですよね。T-1000が登場するシーンあの一回、金属グニャグニャを見せてくれてるところを見たいっていうのがやっぱりあるので。なので、その僕はアナログのアニメーションに最初興味を持ったのは、それがすごく異質な感じを覚えたからなんですよ。それはCGの表現が目立つ演出として出てきた90年代とかのSF映画でもやっぱ同じようにちょっと異質な表現ですごくこう興味を惹かれるっていうのがあって。おそらく最初の『トイ・ストーリー』もそんな感じで見てた気がするんですよね。変なアニメーションっていうか。要するに2Dのアニメーションばっかり見ていた中で、3DCGで長編のアニメーションっていうところでなんかもうちょっとこう、奇妙な感じっていうのはちょっとあったので。
なので、今はだんだん3DCGの表現っていうのがどこでCGが使われているかわからないぐらいなこうリアルなものになってきて、そこの異質感っていうのがこう感じづらくなっているっていうのがあると思うんですけども、そういった中で、アナログのアニメーションで例えばストップモーションアニメーションとか、そういったものをまあ『スター・ウォーズ』とかで見た時に「なんだこれ?」と思ったりとかしたんですが、やっぱりそういう異質感っていうのを短編のアニメーションとかにこう多く見られたっていうのがあって。もう、それで興味を持ったっていう感じなんですね。なので、なんか作り始めるきっかけがそういう短編アニメーションのアナログの手法で作られているものだったっていうことにすぎないというか、なのでCGとかがあんまり好きじゃないとか、そういうことはなくて。CGもまあ、とにかく異質なものは大好きっていう感じですね、うん。
Yeah, that's right. I mean, I really wanted to see the scene where the T-1000 appears and shows its metal flexibility. So, the reason why I first became interested in analog animation was because it gave me a very unique feeling. It's the same with sci-fi movies from the 90s, where CG effects were starting to become more prominent and I was drawn to the slightly unusual expressions that came with it. I think I probably felt the same way when I first saw "Toy Story". It was kind of weird animation. Basically, I was used to watching 2D animation, so when it came to a feature-length animation in 3DCG, there was something a little strange about it.
So, nowadays, the use of 3DCG is becoming so realistic that it's hard to tell where CG is being used, and the sense of strangeness that comes with it is becoming less noticeable. However, in the midst of all this, I think there are still a lot of short analog animations, like stop-motion animation, which are still able to give you that sense of strangeness. When I saw these things in "Star Wars", I was like, "What is this?" and it really piqued my interest. So, the reason I started making things was just because of these short analog animations. It's not that I don't like CG or anything like that. I love anything that's just plain strange, including CG.

うん、うん。面白かったのが『トイ・ストーリー』も多分1995年とかが最初だったと思うのですが、多分水江さんは映画館でご覧になったのかなと思うんですけども、『ターミネーター』もそうですけど、そのときの時代ってCGで何かを作るみたいなことが、一つの映画の売りにもなってたじゃないですか。特に『トイ・ストーリー』なんかはCGでアニメーションを作るっていう、そのチャレンジ自体が投資にも繋がってたような状況だったんですけど、だからやっぱその何て言うかアナログで作られていたものがCGで作られる時に出てきた、にじみ出てくる違和感、とか、奇妙、みたいなものの方に水江さんはストーリーよりもアテンションが引きつけられたっていう感覚だったんでしょうね。
それで、やっぱりなんかあの、例えば『ETERNTY』のお話をされていたYouTubeのインタビューを拝見させていただいたんですけども、やっぱあれなんかでも技術面のお話、結構されていたと思っていて、あのタッチデザイナーだったり、unity使ってますっていうことだったり。だからやっぱりそのなんて言うのかな、常にその時代のいろいろなツールを使って、奇妙さ、を追求されているんだろうなみたいなのも、なんか今繋がった感じが僕の中で勝手にありまして。うん、キーワードなんですかね?「異質」とか「奇妙」っていうのが。
Hmm, I see. I think "Toy Story" was probably the first one in 1995 that was interesting. I assume Mizue saw it in the theater. But during that time, things like using CG to create something was one of the selling points of a movie, like in "Terminator". Especially with "Toy Story", the challenge of making animation with CG was a situation that also led to investment. So I think Mizue was more drawn to the strange and peculiar feeling that emerged when something that was made analog was made with CG, rather than the story itself.
And so, I watched the YouTube interview where he talked about "ETERNITY", and there was quite a bit of talk about the technical aspects, like being a touch designer and using Unity. So I feel like he's always pursuing the peculiarity of using various tools of the time. "Different" and "strange" might be the keywords, I guess.
 
うん、そうですね。やっぱり奇妙なものを見たいんですよね、なんか。奇妙なものを見れるっていうことはすごくなんて言うのかな、幸福感があるんですよ。映像を見る幸福感というか。快楽性とちょっと近いかもしれないですけど。
Well, let's see. I guess I just want to see strange things, you know? Seeing strange things gives me a kind of happiness, like a sense of fulfillment. It's like the happiness you get from watching a movie. It's kind of like pleasure, but not exactly.

でも確かに要は多様であるっていうか、画一的にこれが素晴らしいものである、みたいな一つの価値観のものだけがある社会っていうのはあるかもしれないんですけど、多様まあ、奇妙なものも許容するということで、さまざまな奇妙な形があって、それを許容する多様的な社会が結構豊かだっていうのは絶対そうだと思うので、なんかその辺りの話が結構あるのかなと思いました。
やっぱそこで、短編だったら実験的にいろいろな奇妙さを追求できるよっ、ていうのが昔から今に対してずっとこう残り続けているそのムーブメントなのかなっていうのがあるので、まあそこに多分さっきの冒頭のノンナラティブ、エクスペリメンタルみたいな話も接続してくるんだろうなと思ったんですけど、短い尺の中で実験的に、水江さんの言葉を借りると、奇妙で、すごく心に残る快楽につながるアニメーションを作るんだっていうところがなんかあるのかなと思いました。
いや、これ結構その水江さんの作品を見てて、こう色々お聞きしたいところがあるのが、興味がおありなのかもわからないんですけど、量子力学的なものだったり、仏教的なモチーフみたいなものとかも考えられているのかな、なんて勝手に思ったんですよね。
一つが『ETERNTY』のインタビューで言われていたことで、精神が体から解放される、長いもの(長尺の映像)で見るとより助長されるのではないかという抽象アニメーションの持つポテンシャルを考えるということなんかはめっちゃ気になるワードだったので、なんかここで一つなんか踏み込んで聞いてみたかったりもしますね。
However, it may be possible that there are societies that only have one value system, where they believe that something uniform is great, although the key is diversity. It is definitely true that a diverse society that tolerates even strange things has a lot of richness, with various strange forms being allowed. I thought that there might be a lot of talk about that.
There is a movement that has continued to pursue various strangeness experimentally, which has remained since ancient times, especially in short stories. I thought that it might be related to the non-narrative, experimental story that was mentioned earlier. In a short length, there is a place where you can experimentally create animations that are strange, very memorable, and lead to pleasure, borrowing Mizue's words.
Well, there are some things I would like to ask after seeing Mizue's work, and I don't know if you are interested, but I thought about whether there are quantum mechanical things or Buddhist motifs. One thing that was mentioned in the interview of "ETERNITY" was the potential of abstract animation that the spirit is freed from the body and it is more facilitated when viewed in long things (long videos). I was really interested in this word, so I wanted to ask about it in more detail here.
 

20分寝させないものをノンナラティブで作るためのライド型

A ride-based creative approach was used to create a non-narrative piece that keeps the audience awake for 20 minutes.
うん。あと、そうですね。『ETERNITY』という作品は、21分あるんですね。で、僕がこれまで作ってきたアニメーションは、だいたい3分とか6分とか、それぐらいの尺のものが多いんですけど、そうなると、一曲、一つの曲の構成の中で、一つの曲の盛り上がりが始まって盛り上がってって、そういう構成に合わせて展開ができるっていうのがあるんですけど、20分になってくると音楽の構成も、じゃあどうしようかって考えていかないといけないっていうのがあります。
20分の抽象アニメーションとかなんかなくはないんですよ。映画祭に行くと、実験系のプログラムとかで見ると、20分ぐらいずっとなんか点滅が続くみたいな作品があったりとかするんですよね。で心地よくてだんだん寝てしまったりとかするんですけども、やっぱり一つは20分寝させないものをノンナラティブでどうやって作るか?みたいなこともあって。で一つはやっぱりライド型というか、割と観的な視点で何かに乗って移動していっているようなものを作ろうというふうにこう考えて。なので、『ETERNTY』って作品はトンネルの中をずっと進んでいったりとか、溝の中を進んでたりとか、球体のなんか曼荼羅の中をカメラ撮ってたりとか。
これまでの作品は画面内にたくさんモチーフが出てきて、うじゃうじゃするっていう作り方だったんですけど、今度はうじゃうじゃしてるものが空間の中にいっぱい溢れていて、その中をカメラが突き進んでいくみたいな、そういう作り方にしたっていうのがあって。なので、こう、だんだんと自分は映画館の座席に座っているんだけれども、気持ち的にはスクリーンの中でずっと進んでいくような、どっかを巡っていくような、なんかそういったものを作りたいなと思って作ったという感じですね。
あの精神が離れて行くっていうのは多分おそらくどんな映画を見てても気持ちがその追体験っていうか、エンドロールになった時に、「自分は映画館の座席に座ってたんだなあ」っていうふうになって、「よし帰るか」みたいなこう感じになるわけで。気持ちがもう完全にこうその映画の中に追体験して自分の気持ちが行ってるときっていうのはね、自分の体かこう、気持ちが離れているような感じなのかなとか思ったりしますけどね。
Hmm, let me see. The work called "ETERNITY" is 21 minutes long. Most of the animations I have made so far are around 3 to 6 minutes long, so with those, you can develop the story according to the structure of one song, where the excitement of one song builds up and reaches its climax. But when it comes to 20 minutes, you have to think about the structure of the music as well.
Abstract animations that are 20 minutes long are not unheard of. When you go to film festivals and see experimental programs, there are works that are about 20 minutes long and it feels like they just keep flashing. They make you feel comfortable and you gradually fall asleep, but still, I wanted to create something that wouldn't let you sleep for 20 minutes, something non-narrative. And also, I wanted to create something like a ride, where you feel like you're moving on something visually. So, for the work "ETERNITY", I thought about moving through a tunnel, or through a groove, or taking a camera through a sphere like a mandala.
In my previous works, there were many motifs that appeared on the screen, creating a cluttered feel. However, this time, there are many things overflowing in the space, as if the camera is pushing forward into it. I wanted to create something where even though I am sitting in a cinema seat, I feel like I am constantly moving forward, exploring different places.
The feeling of detachment is probably something that happens when watching any movie. When the end credits roll, you realize that you were just sitting in a cinema seat the whole time and you think, "Okay, time to go." It's like your mind is completely immersed in the movie, but your body or your feelings are detached from it.
 
そこまで引き込んでくれた映画って、それを見て外に出た瞬間にその映画がヒーローものだったら、自分がちょっと強くなった気持ちになってたりしますよね。
A movie that pulls you in like that, if it turns out to be a hero movie when you step outside after watching it, you might feel a little stronger.

そうですね。そう、なんか高校生ぐらいの時に映画館出た時って、そういう気持ちによくなってたなって、今、思い思い出しました。最近はやっぱ大人になって映画見るとなんかごちゃごちゃロジックで考えちゃって、なんか映画に集中してないなってことがありますね。
Well, let me see. Yeah, I remember feeling like that when I was in high school and went to the movie theater. I just recalled that feeling now. Recently, when I watch movies as an adult, I tend to get caught up in all the convoluted logic and end up not really focusing on the movie.
 
昔はヒーロー映画見た後は、自分が今、誰かに絡まれても勝てるんじゃないかっていう幻想に陥るぐらい入り込んでたなって、昔を思い出してちょっと切ない気持ちになりました笑
In the past, after watching hero movies, I used to get so immersed that I would fall into the fantasy of being able to win even if someone tried to pick a fight with me. Thinking back on those days makes me feel a little nostalgic and sad, haha.
 
ありますよね。僕が大学生の時に『E.T.』のディレクターズカット版が映画館で上映されて、それを自転車に乗って20分ぐらい自転車飛ばして見に行った帰りにはもう本当になんか全速力で自転車こいで帰りましたよね。ETは自転車に乗せて空飛びますからね。もう「うおー」とか言いながら、夜中に自転車こいで帰ったの覚えてますね。 You know, right? When I was in college, the director's cut version of "E.T." was shown in theaters. I rode my bike for about 20 minutes to see it and on the way back, I really rode my bike at full speed. ET flies on a bike, you know. I remember riding my bike back home at night, screaming "woohoo!".
 
#02に続く